

大阪府河内長野市の西條(にしじょう)が醸す「天野酒」は、豊臣秀吉も愛飲したと伝わる僧坊酒の系譜を引く、由緒ある銘柄。今回はその看板ラインのひとつ、五百万石を精米歩合60%で仕込んだ純米吟醸を試した。天野酒というと濃厚な貴醸酒のイメージが先行しがちだが、この純米吟醸はむしろ端正で、食卓に寄り添う性格の酒だった。
香りはほどよく上品で、リンゴや梨を思わせる穏やかな吟醸香が立つ。華やかさを前面に押し出すのではなく、嗅いだ瞬間に食事を呼ぶバランス感覚が心地よい。含み香にも青さや雑味はなく、五百万石らしいすっきりとした輪郭が感じられる。
味わいは、蔵公表の日本酒度+2・酸度1.5という数字どおり、甘辛のどちらにも振り切らない中庸の構成。口当たりはやわらかく、米の旨みがほどよく乗ったところへ、後半は酸とともにすっと引いていく。アルコール分は16度前後で飲みごたえはあるが、重さは残さない。冷酒(10〜12℃)では香りとキレが際立ち、常温に戻すと米の旨みがふくらむ。ぬる燗にしても香りが暴れず、温度帯を選ばず楽しめる懐の深さがある。淡麗一辺倒でも芳醇一辺倒でもない、ちょうど中間に位置づけたい食中酒だ。
ペアリングは、和食全般と幅広く合う。白身魚の刺身、天ぷら、だし巻き卵、根菜の炊き合わせなど、出汁を効かせた料理にこの酒の穏やかな酸と旨みが自然になじむ。香りが控えめなぶん料理の邪魔をせず、献立を選ばずに通せるのが強みだと感じた。
価格は四合瓶でおおむね1,900〜2,300円(実勢)。純米吟醸としては手頃な価格帯で、毎日の食卓で気負わず開けられる。歴史ある銘柄でありながら肩肘張らずに飲める一本として、編集長としては「常備したい食中酒」に位置づけたい。