

京都府京丹後市久美浜の木下酒造が醸す「玉川(たまがわ)」は、英国人杜氏フィリップ・ハーパー氏が率いる蔵として知られる。この「自然仕込 純米酒(山廃) 無濾過生原酒 北錦」は玉川の看板にあたる定番で、乳酸も酵母も添加せず、蔵付きの微生物に任せて醸す山廃仕込み。グラスに注ぐと山吹色を帯びた濃い色調で、注いだ瞬間から「これは尋常な純米ではない」と分かる迫力がある。同じ純米でも、淡麗な伏見の酒とは対極に位置する一本だ。
香りは吟醸香とは無縁で、熟したリンゴや栗、ナッツ、わずかに乳酸を思わせる複雑な熟成香が立ち上がる。米を66%までしか磨いていない分、穀物由来の香ばしさが厚く、香りの段階ですでに濃醇さを予告してくる。
味わいは、無濾過生原酒らしくアルコール度数が18〜20度台と高く、口に含むと濃密な米の旨みと強い酸がいちどに押し寄せる。山廃由来の酸とアミノ酸が骨格を作り、甘さに頼らず旨みと酸でぐいぐい押すタイプ。蔵が日本酒度・酸度の数値を定番品で公表していないため、編集部としては体感で日本酒度はわずかにマイナス〜±0付近、酸度は2前後と高めとみている(あくまで推定)。冷や(12〜15℃)では酸とアルコールがやや尖るが、本領は燗にある。50℃前後のあつ燗まで温度を上げると旨みが大きくふくらみ、酸が丸くなって驚くほど飲みやすくなる。ハーパー氏自身が高温の燗を勧めることで知られる銘柄で、実際に温めてこそ評価が一段上がる。
ペアリングは濃い味の和食や煮込みが正解だ。焼き魚、もつ煮、おでん、鶏の照り焼きといった出汁と醤油の効いた料理に、この酒の強い酸が脂や塩気を流してくれる。繊細な前菜よりも、火の入った温かい料理を燗酒で受け止めるのが玉川の流儀。
価格は四合瓶でおおむね1,600〜2,000円(実勢)。生原酒で度数が高いぶん一合の満足度が高く、コストパフォーマンスは良好。淡麗辛口に偏りがちな日本酒観を揺さぶる、燗で化ける濃醇純米として、編集長としては一度は通ってほしい個性派に挙げたい。