

山梨県富士川町、1790年創業の萬屋(よろずや)醸造店による純米吟醸。「春鶯囀(しゅんのうてん)」という雅な銘は、蔵を訪れた歌人・与謝野晶子が春のうぐいすのさえずりになぞらえて名付けたと伝わる。南アルプスの伏流水で仕込む蔵らしく、グラスに注ぐとほぼ無色で、まず素直で柔らかい印象が立つ。
香りはほのかに甘い果実香と米由来の穏やかな含み香で、吟醸香で押してくるタイプではない。玉栄を60%まで磨いた原料らしく、輪郭がやわらかく、食卓に置いても料理の香りを邪魔しない。華やかさを競うのではなく、毎日の晩酌に溶け込むことを狙った設計だと、編集長・丸山は受け取った。
口に含むと、まず軽やかな口当たりがあり、ほどよい甘みと米の旨みが続く。後半は程よい酸が味を引き締め、重さを残さずすっと引いていく。甘辛・淡濃ともに中庸で、突出した個性で記憶に残すより、料理の隣で長く飲めるバランスにまとめられている。冷酒でも軽快に飲めるが、この酒の本領はぬる燗(40℃前後)で、温めると米の旨みがふくらみ、香りに丸みが出て一段と食事に寄り添う。
ペアリングは、白身魚の刺身や湯豆腐、鶏の塩焼き、出汁を効かせた煮物といった和の家庭料理と好相性。淡麗に振り切らず適度なふくらみがあるぶん、出汁や塩味のやさしい料理を下から支えてくれる。燗にすれば冬の鍋や煮物との一体感がさらに増す。
価格は四合瓶でおおむね1,600〜2,000円と、純米吟醸として手の届く実勢。流通の希少な銘柄ではないが、与謝野晶子ゆかりの歴史と、玉栄・南アルプスの水が生む素直な味わいを、日常の食卓で無理なく確かめられる。山梨の食中酒としての地力を、編集部が安心して薦められる一本だ。
※スペックのうち日本酒度・酸度は公開値が確認できなかったため、玉栄60%・15度の定番純米吟醸(蔵の説明する「ほのかな甘い香り・程よい酸味・軽やか」な特性)に整合する代表値として記載した。購入時はラベル表記を確認されたい。