

千葉県大多喜町でただ一つの蔵元、豊乃鶴酒造による「大多喜城」。天明年間(1781〜89年頃)創業の老舗で、敷地内の木造建築は国の登録有形文化財に指定されている。歴史ある里山の蔵が手がける純米吟醸は、山田錦と美山錦を60%まで磨いた、穏やかでまとまりの良い食中酒タイプだ。
香りは控えめで、果実のニュアンスをほのかに含む穏やかな含み香。吟醸香を強く立てるタイプではなく、口に含んでから旨みで聴かせる設計。一口目はなめらかでバランスがよく、米の旨みがすっと広がったのち、余韻は短めにきれいに終わる。日本酒度+2、酸度1.4とほぼ中庸で、辛さにも甘さにも振り切らない、終始なめらかな後味が印象に残る。
温度帯は冷酒から常温まで素直に対応する。冷やす(10℃前後)とキレと清涼感が立ち、常温に戻すと旨みがふくらんで落ち着いた表情になる。穏やかな酒質ゆえ温度で大きく崩れることがなく、扱いやすいのも家飲み向き。香りを楽しむより、料理と並べてゆっくり飲むのに向く。
ペアリングは和食の定番が中心。刺身、天ぷら、筑前煮、鶏の照り焼きなど、出汁や醤油を使った家庭料理に幅広く寄り添う。味の主張を抑えた設計なので、里山の食材を使った煮物や総菜と合わせても料理を立ててくれる。濃すぎる味付けより、素材の味を生かした料理のほうが持ち味が生きる。
四合瓶で1,500〜1,900円前後。大多喜町唯一の蔵という土地の物語も含めて、観光土産にも晩酌にもなじむ一本。流通は限定的だが、房総の里山を訪ねた折に手に取りたい、過不足のない食中酒。