

風の森を語るうえで外せないのが、この「秋津穂 657」だ。1998年のブランド始動以来、地元・奈良で日常的に飲まれてきたスタンダードで、精米歩合65%・酵母7号というシリーズの基準点にあたる。高精米のALPHA TYPE1(22%磨き)とは狙いがまるで違い、米をほどよく残すことで生まれる飲み飽きしない旨味が身上だ。
無濾過・無加水・生酒という風の森の哲学はここでも貫かれている。栓を開けた瞬間に立ち上がる微発泡感、口に含んだときの瑞々しいガス感は、磨きの浅いこのクラスでも健在。65%という精米歩合は、いわば「米の輪郭をあえて残す」設定で、ぶどうや梨を思わせる軽やかな含み香の奥に、穀物由来のふくらみがしっかり座っている。
数字としての日本酒度や酸度は油長酒造が公表していないため、ここでは流通在庫の表示や飲用感から日本酒度+2前後・酸度1.9前後の代表値として扱っている。アルコール16%は風の森のなかではやや高めだが、ガス感と酸が効いているため重さは感じにくい。冷酒(8〜12℃)で、開栓直後のシュワっとした若さも、数日置いて落ち着いた旨味も、どちらも楽しめる懐の深さがある。
ペアリングは構えなくていい。塩で食べる焼き鳥、揚げたての天ぷら、出汁の効いた煮物、シンプルな冷奴。家庭の食卓にそのまま寄り添う一本だ。高精米のALPHAが「ハレの日のグラス」なら、こちらは平日の晩酌を底上げしてくれる「日常のレギュラー」と言っていい。
四合瓶で1,400〜1,700円という価格は、風の森の入口として極めて優秀だ。まずこの657で蔵の輪郭をつかみ、そこから露葉風や雄町といった米違い、807シリーズの低精米路線、ALPHAの高精米路線へと味の地図を広げていく——そんな起点に置きたい定番である。