

奈良市の今西清兵衛商店「春鹿」を語るうえで、この純米超辛口を外すことはできない。1985年の発売以来、蔵の生産量の半分近くを占めるという看板中の看板で、日本酒度+12という数字が示すとおり、辛口というより「辛口の代名詞」として全国の飲み手に名を知られてきた一本だ。同じ蔵の純米吟醸 吟麗が-3前後の華やか路線だったのに対し、こちらは振り切ったドライ設計で、まず立ち位置がまるで違う。
香りは抑え気味で、吟醸香で押すタイプではない。グラスから立つのは穏やかな米の香りで、華やかさよりも静けさが先に来る。封印酒や白滴のように香りで掴みにいく銘柄とは対照的に、この超辛口は香りを引き算して、味の輪郭そのもので勝負しているのが分かる。
含むと、五百万石を精米歩合60%で仕込んだ純米らしい米の旨みがいったん広がり、そこから日本酒度+12のキレが一気に喉の奥を抜けていく。甘さの余韻をほとんど残さず切り上げる潔さで、酸度1.4前後とあわせて後口は驚くほどドライ。冷やすと刃のようなシャープさが立ち、燗にするとまろみが出て旨みの幅が広がる。一本で温度帯による表情の振れ幅が大きいのも、この酒が長く愛される理由だろう。
ペアリングは、味の濃い料理よりも素材を活かした和食。刺身の盛り合わせ、天ぷら、塩の焼き鳥、出汁巻き卵といった、塩と出汁で仕立てた皿に対して、この酒のキレが油や旨みをすっと洗い流してくれる。食中酒として徹底的に「料理の邪魔をしない」設計で、晩酌の定番に据えやすい。
価格は四合瓶で1,650〜1,700円前後(実勢)と、看板銘柄としては手に取りやすい。封印酒や純米大吟醸の華やかなグレードを上に置くなら、この超辛口は「春鹿の背骨」。編集長としては、辛口とは何かを一杯で説明してくれる基準点として、まず最初に勧めたい一本だ。