

夏を越して旨みが乗った状態を「秋あがり」と呼ぶ。山形正宗のこのSKUは、冬に仕込んだ純米吟醸を蔵でひと夏ねかせ、丸みのついた頃に出荷する季節限定酒だ。通年の雄町純米吟醸とは原料米から異なり、こちらは兵庫県産の山田錦を55%精米で使う。フレッシュさで売る新酒とは正反対の、落ち着いた熟成の表情を狙ったラインである。
香りは控えめで、立ち香よりも含み香に深さがある。グラスからは山田錦らしい上品なふくらみと、ひと夏の熟成由来のわずかに香ばしいニュアンスが感じられる。蔵共通の硬水の骨格はそのままに、角が取れて全体が一段なめらかになっているのが、開栓直後から伝わってくる。
口に含むと、熟成で深まった旨みが厚く広がり、それを日本酒度+3前後の締まりと酸度1.6が支える。新酒のような鋭い若さはなく、旨みがゆっくりほどけて長い余韻を残す——レーダーの「余韻」を最高評価にしたのはこのためだ。冷酒でも美味だが、常温〜ぬる燗(40℃前後)に上げると山田錦の旨みがいっそうふくらみ、熟成酒らしい奥行きが満開になる。
合わせたいのは、ずばり秋の味覚。焼き秋刀魚、きのこの土瓶蒸し、鴨ロース、里芋の煮っころがし。脂やうま味の強い旬の食材に、熟成した旨みと硬水のキレが正面から噛み合う。冷たい料理より、温かい煮物や焼き物に寄せるほど、この酒の「秋に開く」設計が皿の上で生きる。
四合瓶で2,300〜2,900円前後、流通するのは秋口の数か月だけ。同じ蔵でも、定番の雄町・華やかな酒未来・自社米の稲造とはまた違う「季節と熟成」を担うSKUだ。年に一度、山田錦が一夏越えて丸くなる瞬間を狙って楽しむ——そんな贅沢を教えてくれる限定酒だと、編集部は毎秋楽しみにしている。