

茅ヶ崎の熊澤酒造は、湘南に唯一現存する酒蔵として1872年から醸し続けている。その看板ブランド「天青」の純米吟醸にあたるのが、この千峰(せんぽう)。注いだ酒は無色に近く、わずかに青みを帯びて見えるほど澄んでいて、ブランド名の由来である「雨過天青(雨上がりの澄んだ空)」のイメージを、編集長の丸山も最初のひと目で受け取った。派手さで押す酒ではなく、最初の印象から「整っている」一本だと感じる。
香りは穏やかな含み香。グラスから立ち上る吟醸香は控えめで、洋梨やリンゴをほのかに思わせる程度に留まる。獺祭のように香りで主張するタイプではなく、料理の前に出すぎない設計だと受け取った。冷蔵庫から出した直後よりも、少し空気に触れさせたほうが米の甘い香りがふわりと顔を出す。
口に含むと、山田錦らしい柔らかな旨みが舌の中央に広がり、すぐに+3.5〜4.5の日本酒度どおりのキレが追いかけてくる。甘さと辛さのバランスが中庸で、どちらかに振り切らないのがこの酒の性格。温度帯は8〜12℃の冷酒で輪郭がもっとも締まり、13〜15℃の涼冷えに上げると旨みの幅が出てくる。ぬる燗も試したが、香りより米の旨みが前に出て、これはこれで悪くない。冷酒から燗まで崩れにくい、懐の広い酒だった。
合わせる料理は、和食の食中酒として広く使える。白身魚の刺身、焼き魚、だし巻き卵といった出汁や塩の効いた料理と素直に寄り添う。地元らしく湘南しらすの釜揚げに合わせると、酒のキレが魚の塩気をすっと流して相性が良かった。逆に、ソースの濃い洋食や強い香辛料の料理だと、穏やかな香りが負けてしまう。主役を張るより、料理を引き立てる脇役として置きたい。
四合瓶で2,300〜2,700円前後と、純米吟醸としては手に取りやすい価格帯。香りや個性で驚かせる酒ではないが、毎日の食卓に常備して料理に合わせる「定番の純米吟醸」を探している人には、安心して薦められる一本。湘南唯一の蔵という背景も含め、関東の地酒を一度知っておきたいなら、入り口として勧めやすい。