

神奈川県足柄上郡大井町、酒匂川のほとりで1789年から続く井上酒造の「箱根山」。今回試したのは、燗酒の評価が高いことで知られるこの蔵の定番純米酒だ。東京国税局の鑑評会では燗酒部門で優等賞を受けた実績を持ち、温めて旨みが膨らむタイプとして地元で長く親しまれてきた。
香りは穏やかで、米と発酵由来の落ち着いた含み香が中心。新潟産の五百万石と岡山産のアケボノを65%まで磨いて仕込んでおり、一口含むと米の旨みがやわらかく広がる。酸度1.8とやや高めの設計が効いていて、旨みに厚みを与えつつ後半をだれさせない。日本酒度はおよそ0で、甘辛のバランスは中庸。甘すぎず辛すぎない、食事に寄り添う酒質だ。
この酒の本領はやはり燗にある。冷やでも旨みとコクは感じられるが、ぬる燗(40℃前後)から上燗(45〜50℃)にかけて、閉じていた旨みと酸がほどけて立体的にふくらむ。温度を上げても痩せず、むしろ味の輪郭が太くなるタイプ。寒い季節に一本あると重宝する燗映えする純米だ。
合わせるなら、出汁や醤油のきいた温かい料理。焼き魚、おでん、もつ煮込み、根菜の煮物といった味の濃い和食と並べると、酒のコクと酸が料理の旨みに寄り添い、後半のキレが脂や塩気を流してくれる。冷たく繊細な料理よりも、温めて濃い味に当てるのが似合う食中酒だ。
価格は四合瓶で1,100〜1,400円前後と、燗映えする純米としては手に取りやすい。派手な香りで売る酒ではないが、燗で本領を発揮する箱根の地酒として、冬の食卓に常備したくなる実力派の一本だ。