

埼玉県飯能市、奥武蔵の山あいで酒を造る五十嵐酒造の「天覧山 純米酒」を、編集部で抜栓してみた。蔵名の「天覧山」は、飯能市街を見下ろす標高197メートルの低山に由来する地元密着の銘柄で、名栗川・成木川の合流点近く、奥武蔵のミネラル豊富な地下水で仕込まれる。グラスに注ぐとごく淡い色合いの澄んだ液体が現れ、派手さよりも食卓での実用を狙った酒であることが、その落ち着いた佇まいから伝わってくる。
香りは穏やかで控えめ。鼻を近づけても華やかな吟醸香は立たず、炊いた米のふくよかさと、ほのかな穀物様の含み香が静かに漂う程度だ。新潟系の酒造好適米「五百万石」を65%まで磨いて使い、香りで主張するのではなく、味の輪郭と酸で勝負するタイプ。料理の匂いを邪魔しない引き算の設計で、最初の一杯から食中の酒だと姿勢が定まっている。
口に含むと、米由来の軽やかな旨みがすっと乗り、続いて酸とキレが追いかけて後口を締める。日本酒度+3前後・酸度1.7という数値どおり、甘さの尾は引かず、酸がしっかり効いた辛口寄りの食中設計だ。淡麗一辺倒ではなく、純米らしい旨みと、それを支える明確な酸があるので、痩せた印象にならず飲みごたえがある。アルコール度数は15度で、晩酌に無理のない飲み口だ。
温度帯の許容範囲が広いのもこの酒の持ち味で、冷や(10〜13℃)では酸とキレがシャープに立ち、ぬる燗〜熱燗(45〜55℃)に上げると米の旨みが丸く膨らんで酸がやわらぐ。むしろ温めたときに本領を発揮するタイプで、燗にすると旨みと酸のバランスがいっそう整い、料理を受け止める懐が深くなる。
ペアリングは、燗を生かして温かい料理に当てたい。焼き魚や煮物、豚汁、おでんといった、出汁や脂のある肴に燗酒の旨みがよく寄り添う。冷やなら焼き魚や塩味の肴をすっきり流してくれる。価格は四合瓶でおおむね1,300〜1,600円(720ml実勢)。奥武蔵の水と五百万石で「毎日飲める辛口純米」を真面目に造る蔵の姿勢が、この価格と味のバランスに素直に出た、埼玉の実直な食中酒だ。