

陸前高田の酔仙酒造は、戦時下に沿岸の八蔵が合併して生まれた歴史を持ち、東日本大震災で蔵を流失しながら再建を遂げた東北を代表する蔵だ。その復興の歩みを知ったうえで純米吟醸を開けると、一杯の重みが少し変わってくる。今回は予備知識を脇に置き、まず味そのものと向き合った。
精米歩合50%まで磨いた岩手県産米から立ち上がるのは、控えめながら筋の通った吟醸香。リンゴや白い花を思わせる香りが穏やかに鼻に抜け、口に含むと米の甘みがふくらみ、日本酒度±0らしい中庸の輪郭がきれいに整う。派手さで押すタイプではなく、最初から最後まで均衡を崩さない設計が好ましい。
酸度1.4は数値としては標準域だが、後半でほどよく締めてくれるので、甘みがだれない。冷酒では香りとキレの両立が際立ち、40℃前後のぬる燗にすると米の旨みが前に出て、また別の表情を見せる。温度で印象が動く幅が広く、一本で長く楽しめる懐の深さがある。
ペアリングは岩手の食卓を思い浮かべると外さない。脂ののったさんまの塩焼き、鶏の塩焼き、寒い季節のおでんなど、塩気と旨みのある家庭料理に寄り添う。吟醸香が穏やかなぶん、香りの強い料理に潰されにくく、食中酒としての安定感が高い。
四合瓶で2,000円前後に収まる価格も、日常で開けるには現実的だ。突出した個性で記憶に残るというより、毎晩の食卓で静かに役目を果たすタイプ。岩手の酒を一本選ぶなら、まず基準として置いておきたい純米吟醸だと感じた。