

駒ヶ根の小さな蔵・長生社が「全量純米」を掲げ、地元伊那谷の美山錦だけで醸す信濃鶴。その純米吟醸ライン「田皐(でんこう)」を、改めて落ち着いて味わってみた。430石ほどの生産量で、酒米は全量を地元農家から仕入れているという背景を知ると、一杯に向き合う姿勢も少し変わる。
注ぐと、香りは控えめでやや穀物的。吟醸香で押すタイプではなく、開栓直後はむしろ静かだ。口に含むと美山錦らしい引き締まった旨みが芯を通し、ふくらみすぎない。甘みは中程度で、すぐに酸とキレが追いかけてくる構成。日本酒度+2前後、酸度1.4というスペック通り、輪郭のはっきりした食中酒の設計だと感じた。
温度の振れに強いのも美点。冷酒(10℃前後)では旨みが締まってシャープに、常温に戻すと美山錦の旨みがふわりと開く。ぬる燗(40℃台)にすると角が取れて丸くなり、米の甘みが穏やかに前へ出る。一本でこれだけ表情が変わると、家飲みのローテーションに置きやすい。
ペアリングは、伊那谷らしく馬刺しや山菜天ぷら、鶏の塩焼きといった素朴で旨みのある料理がよく合う。おでんのような出汁の利いた煮物にも寄り添い、料理の味を上書きしない。香りで主張しないぶん、食卓での汎用性が高い。
四合瓶で1,600〜1,900円前後と価格も穏当で、派手さより堅実さを取りたい人向け。華やかな吟醸を期待すると肩透かしだが、「毎日の純米酒」を探しているなら候補に入れて良い一本。無濾過生原酒の田皐は要冷蔵・季節限定なので、見かけたら購入時に状態を確認しておきたい。