

宮古の菱屋酒造店は1852年創業、純米酒づくりに軸足を置く三陸沿岸の蔵だ。看板の「千両男山」別撰特別純米酒は、港町の蔵らしく海の幸を意識した設計だと聞く。三陸の魚介を思い浮かべながら、この一本がどこまで食卓に寄り添うかを試した。
岩手の酒米「吟ぎんが」を精米歩合55%で仕込み、日本酒度+3.5の辛口寄りに仕上げている。香りは控えめで、吟醸香で押すタイプではない。口に含むと米の旨みがしっかりと立ち上がり、そのあとを酸度1.7のやや高めの酸がきりっと引き締める。甘くだれる瞬間がなく、最初から最後まで輪郭が締まっているのが好印象だ。
アルコール16度のわりに重さを感じさせないのは、この酸のおかげだろう。冷酒では旨みと酸のコントラストがくっきりし、ぬる燗にすると旨みが前に出て角が取れる。どちらの温度でも料理に負けない芯があり、特に脂や塩気のある魚介と合わせたときに真価を発揮する。
ペアリングは港町の蔵らしく海鮮が王道だ。三陸の刺身、焼き魚、貝の酒蒸し、塩で食べる天ぷらといった、素材の旨みと塩気のある料理に辛口のキレがよく合う。酸がしっかりしているので、魚の脂を洗い流しながら次の一口へ進める。
四合瓶で1,500円前後という価格は、特別純米としては良心的だ。華やかな香りで記憶に残すより、食卓で淡々と仕事をするタイプの酒。三陸の魚を肴に一献という場面で、まず候補に挙げたい一本だと感じた。