
埼玉県比企郡小川町、嘉永4年(1851年)創業の松岡醸造による「帝松 純米酒」。秩父山系の石灰岩で磨かれた硬度の高い天然水を仕込み水に使うのが蔵最大の特徴で、硬度127〜149mg/Lというミネラル豊富な中硬水で醸す。グラスに注ぐとごく淡い色合いで、穏やかながら芯のある香りが立ち上がる。軟水仕込みの柔らかな酒とは少し違う、骨格のはっきりした第一印象を持つ一本だ。
香りは控えめな含み香が中心で、炊いた米のふくよかさに、ほのかに花を思わせる軽い吟醸様のニュアンスが重なる。派手に主張する香りではないが、引き算の静けさというより、ミネラル感のある仕込み水が酵母の発酵を支え、輪郭のくっきりした香り立ちを生んでいる印象だ。蔵の言う「旨味とキレ、丸み」を予感させる立ち上がりで、食卓に出しても料理と喧嘩しない。
味わいの中心は、米由来の旨みと、硬水仕込みらしい締まった骨格。日本酒度+1前後・酸度1.4という数値どおり甘辛は中庸で、旨みがふくらんだあとに硬水由来のキレが後味をすっと引き締める。緩んだ印象にならず、最後まで輪郭が保たれるのが持ち味だ。冷や(10〜13℃)では旨みとミネラル感が端正にまとまり、ぬる燗(45℃前後)に上げると旨みが丸く開いて飲み口がやわらぐ。温度の幅が広く、食事のあいだ通して付き合える設計になっている。
ペアリングは、味付けに幅のある和食が合う。刺身のような淡い肴には冷やで、たれの焼き鳥や煮物、天ぷらといったコクと脂のある料理には硬水仕込みのキレが小気味よく寄り添う。締まった後味が口中をリセットしてくれるので、脂の乗った料理を流したいときにも頼りになる。突出した個性で押すより、料理を引き立てる食中酒としての完成度が高い。
価格は四合瓶でおおむね1,400〜1,700円(720ml実勢)。都心から日帰りで訪ねられる蔵が、特徴ある硬水と地元の米で醸す食中純米として、価格と内容のバランスは堅実だ。華やかな吟醸酒とは別の、ミネラル感とキレで料理を支えるタイプの純米を試したいとき、埼玉・小川町の風土を映したこの一本を勧めたい。