

岐阜県の北部、飛騨古川で1870年(明治3年)から続く渡辺酒造店の定番純米酒「奥伝寒造り」。瀬戸川と白壁土蔵が並ぶ古い町並みで知られる飛騨古川は、冬は雪深く寒造りに向いた土地で、その風土をそのまま味にしたような一本だ。グラスに注ぐと、淡い黄金がかった色味。派手な吟醸香で押してくるタイプではなく、最初の印象は「落ち着いている」の一言に尽きる。地元の人が毎晩の晩酌に手を伸ばす酒、という佇まいがある。
香りはおだやかで、近づくとライチや洋梨、白桃をうっすら思わせる含み香が立ち上がる。鼻に抜けるというより、口に含んでから後追いで感じる程度の控えめさで、これが料理の香りを邪魔しない。地元産の酒米「ひだほまれ」を精米歩合60%まで磨いて使っており、純米酒らしい穀物の素朴な香ばしさが香りの土台に座っている。
味わいは、日本酒度±0・酸度1.4という数値が示すとおり、甘辛のどちらにも振り切らない中庸の設計。一口目で米の旨みとふくらみがじわっと舌に広がり、わずかな甘みを残しながら後半に酸がきいて重さを残さない。冷酒(10〜13℃)では旨みの輪郭がすっきりし、常温で米のふくらみが最も豊かに出る。そして本領は燗。ぬる燗〜上燗(40〜45℃)に持っていくと旨みが一段ふくらみ、甘みと酸のバランスが丸くなる。全国燗酒コンテストやKura Masterで金賞を得ているのも納得の、温度で表情を変える懐の深さがある。
合わせる料理は、繊細な前菜より家庭の惣菜寄りが似合う。鶏の照り焼き、肉じゃがのような甘辛い煮物、塩焼きの魚、冬なら鍋。燗にして出汁や醤油ベースの煮込みと合わせると、酒の旨みと料理の旨みが互いを持ち上げ合う。米の旨みがしっかりある分、淡白すぎる料理だと酒が前に出るので、ある程度味の輪郭がある和食と組むのが正解だ。
価格は四合瓶で1,400〜1,600円ほど。日々の晩酌に常備して、冷やでも燗でも気分や料理で飲み分けられる、コストと汎用性のバランスが良い純米酒だ。飛騨古川という土地の寒造りの味を、構えず日常で試せる一本として編集部から勧めたい。