

静岡県沼津市・高嶋酒造の「白隠正宗 誉富士 純米酒」。原料米・酵母・仕込み水まで静岡県産にこだわった一本で、グラスに注ぐと色はごく淡い。立ち香は控えめで、華やかな吟醸香を狙う系統とは明確に違う。第一印象は「静かに料理の隣に座る酒」で、最初の一口が主役を張りに来ないところに好感を持った。
香りはリンゴの皮や炊いた米を思わせる穏やかな含み香が中心で、グラスに鼻を近づけてやっと輪郭がわかる程度。冷えた状態では香り自体をほとんど主張しないが、温度が上がるにつれて穀物様のニュアンスがふわりと立ち上がってくる。香りで飲ませる酒ではなく、口に含んでからの展開で見せるタイプだと感じた。
味わいは、米の旨みを軽快にまとめた端正な造り。精米歩合60%、アルコール15度で、口当たりはやわらかいが、後半はすっとキレて余韻を引きずらない。冷や(10〜13℃)ではシャープな辛口の輪郭が前に出る。本領は温めてからで、ぬる燗(40〜45℃)にすると旨みがふくらみ、酸が骨格を支えて飲み飽きしない食中酒の表情になる。熱燗(50℃前後)でも香りが暴れず、輪郭がぼやけないのが沼津らしい端正さ。蔵自身が「冷やから熱燗まで」を推す通り、温度帯の幅が広い。なお日本酒度・酸度は蔵元非公開のため、本欄の数値は辛口で軽快な酒質から推定した編集部の代表値である(精米歩合・酵母・度数・価格は公開情報に基づく確定値)。
ペアリングは、しっかり出汁の効いた和食と好相性。焼き魚、おでん、根菜の煮物、塩でいただく天ぷらなど、塩気と旨みのある日常料理に寄り添う。香りが穏やかな分、料理の風味を消さず、燗にすれば冬の鍋ものまで守備範囲に入る。逆に香りで勝負する繊細な前菜よりも、味の輪郭がある家庭料理と並べたい。
価格は四合瓶でおおむね1,400〜1,800円と、純米酒として手に取りやすい。流通量の多い銘柄ではないが、見かけたら常備しておきたい価格帯だ。派手さで記憶に残る酒ではないものの、燗で映える食中酒という蔵の志向がはっきり伝わる一本で、毎晩の食卓に置いて飲み疲れしない実用性を高く評価したい。(編集長 丸山)