

群馬県太田市由良町、文久3年(1863年)創業の島岡酒造による「群馬泉 山廃酛純米」。太田市で唯一の日本酒蔵が、ほぼ全量を生酛系の山廃酛で仕込むという珍しい蔵で、この純米はその看板にあたる定番銘柄。グラスに注ぐと淡墨色とも評される、わずかに色を帯びた液体が現れる。透明で華やかな現代吟醸とは対極にある、土の匂いのする一本という第一印象だ。
香りは穏やかながら一筋縄ではいかない。生酛・山廃由来の乳酸系の酸を背景に、ヨーグルトや穀物、ほのかなナッツのニュアンスが立ち上がる。地元群馬県産の酒造好適米「若水」を60%まで磨いて使い、創業時から蔵に棲みつく天然乳酸菌を生かした酛づくりに由来する香りで、華やかさで売る酒ではないと一杯目から分かる。
味の中心にあるのは、米の濃厚な旨みと、それを引き締める高めの酸。日本酒度+3・酸度1.7という数字どおり、甘ったるさはなく骨格はしっかりしている。本領は温度帯の変化にある。冷酒(10〜13℃)では酸が前に出て輪郭がやや硬いが、ぬる燗(45〜50℃)に上げると隠れていた旨みと甘みがふくらみ、酸が丸くなって滋味が前面に出る。熱燗(55℃)でも香りが暴れず、米の力強さが素直に伸びる。冷やよりも燗で完成する、燗酒入門にも勧めやすいタイプだ。
ペアリングは、味付けのしっかりした和食。焼き魚、もつ煮、おでん、根菜の煮物といった、出汁や醤油のコクがある料理に山廃の酸と旨みが共鳴する。とりわけ群馬のローカルな肴であるもつ煮との相性は、燗にしたこの酒の独擅場と言ってよい。淡麗な刺身よりは、煮込みや脂のある食材を受け止める力がある。
価格は四合瓶でおおむね1,400〜1,600円(720ml実勢)と、内容を考えれば破格に近い。蔵は本醸造・純米系で約1年、山廃酛は数年単位で熟成させてから出荷するため、この価格でこの落ち着きは貴重だ。万人受けする華やかさはないが、燗で旨みを引き出す古典的な純米酒の手本として、また群馬の地酒の個性を知る一本として、編集部としては常備を勧めたい。