

岡山・真庭の辻本店は、雄町米と菩提酛(ぼだいもと)にこだわる蔵として知られる。使用米の半分を雄町が占め、室町期に奈良で確立された古代の酒母「菩提酛」を現代に蘇らせた取り組みで、日本酒ファンの注目を集めてきた。「御前酒 1859」は、岡山で雄町栽培が始まった安政6年(1859年)を商品名に冠した、その思想の中核を担う一本だ。
雄町100%・精米歩合65%。注ぐとやや厚みのある質感で、香りは穀物やヨーグルトを思わせる乳酸系のニュアンスが菩提酛らしい。一口含むと、雄町ならではの濃密な旨みがどっしりと舌に乗り、そこへ菩提酛由来の豊かな酸が立ち上がる。甘みと酸が拮抗し、最後はその酸がきれいに口中を洗っていく。一般的な速醸の酒とは明らかに異なる、立体的な味の構造を持つ。
この酸の存在感が、御前酒の個性そのものだ。冷酒では酸とフレッシュさが前に出てシャープに感じ、ぬる燗(45〜50℃)にすると雄町の旨みが大きくふくらみ、酸が旨みを下支えする構図に変わる。編集部としては、この酒は燗で本領を発揮するタイプだと見ている。温度で表情が大きく動くので、一本で何度も楽しめる。
ペアリングの幅が広いのも魅力。酸がしっかりあるぶん、焼き魚や煮込み料理はもちろん、チーズや豚しゃぶ、ややクセのある食材とも噛み合う。和食の枠を超えて、ワイン的な感覚で料理に合わせられる。脂のある料理を酸が切ってくれるので、食中酒としての持久力が高い。
四合瓶で1,500〜1,900円前後。菩提酛という伝統製法と雄町の濃醇さを、この価格で体験できるのは貴重だ。淡麗辛口とは対極にある、酸とコクで押す日本酒の世界を知りたいなら、まず手に取ってほしい一本。