

東京都あきる野市、奥多摩の玄関口に蔵を構える中村酒造の定番純米。文化元年(1804年)創業という二百年以上の歴史を持つ蔵で、秩父古生層に濾された多摩山系の軽硬水を仕込み水に使う。グラスに注ぐとごく淡い色合いで、酒米・五百万石を60%まで磨いた純米らしい、すっきりと整った佇まい。東京に残る数少ない酒蔵が育てた地酒として、まず姿勢を正したくなる一本だ。
香りはおだやかで、立ち香に派手な吟醸香はほとんど立たない。蔵自身が「香り穏やか、クセの少ない純米酒」と案内するとおり、炊いた米や栗のようなふくよかさが鼻先にうっすら漂う程度。料理の匂いを邪魔しないための引き算であり、香りで主張するのではなく味で寄り添うタイプだ。鼻先で探すより、口に含んでから個性を確かめたい。
ひと口含むと、五百万石由来の柔らかな旨みが舌の中央にやさしく乗る。軽硬水仕込みらしい硬質な骨格が下支えし、淡麗でありながら米の旨みもしっかり感じられる。甘辛のバランスは中庸からわずかに辛口寄りで、後口は穏やかな酸ですっと締まる。冷やではキレが、常温では旨みがふくらみ、ぬる燗(40〜45℃)に温めると米の甘旨が丸く開く。突出した個性で押すより、温度帯を動かして表情の変化を楽しむ酒だと丸山は受け取った。
ペアリングは、気取らない和の総菜が似合う。焼き魚やかぼちゃの煮物、おでん、肉じゃがといった出汁と素材を生かした家庭料理に、穏やかな酒質がよく寄り添う。淡白な料理を冷やで、火を入れた料理をぬる燗で、と温度を合わせると相性がさらに上がる。クセが少ないぶん献立を選ばず、日々の食卓に置きやすい食中酒だ。
価格は720mlで1,700〜2,000円前後。突出した華やかさや希少性を求める酒ではないが、東京に二百年以上続く蔵が地酒として磨いてきた純米の完成度は確かだ。奥多摩の水と五百万石で醸した、王道にして実直な食中純米。地元の蔵の味を日常で楽しみたいときに、安心して手に取れる定番として推せる。