

定番の純米酒で米の旨みを真っ向勝負させてくる名手酒造店が、兵庫県産の山田錦を50%まで磨いて吟醸領域に踏み込んだのがこの「黒牛 純米吟醸」だ。同じ蔵の純米酒が温度を上げて旨みを膨らませる燗向きの設計だったのに対し、こちらは精米歩合を上げたぶん雑味を削ぎ、上品な吟醸香と透明感を前に出している。黒牛というブランドの「旨み軸」を保ったまま、もう一段きれいに仕上げた中核グレードという位置づけで、編集長としては蔵の実力がいちばん素直に出る一本だと見ている。
香りは、純米酒よりも明らかに華やかさが増す。グラスからは洋梨やメロンを思わせる爽やかな吟醸香が穏やかに立ち上がり、その奥に山田錦らしい上品な米の含み香が控える。とはいえ大吟醸のように香りで押し切るタイプではなく、料理に寄り添える範囲に抑えてあるのが黒牛らしいバランス感覚だ。
味わいは、口当たりがまろやかで、含むとふくよかな甘みと旨みがギュッと詰まって広がる。日本酒度は+3前後とやや辛口寄りの設計だが、山田錦由来の旨みが厚く乗るため数字ほど辛くは感じず、後半はキレよく引いていく。同蔵の雄町50がより濃醇辛口に振れているのに対し、こちらは山田錦らしい丸みと穏やかさで、万人に薦めやすい中庸の落としどころに収まっている。
ペアリングは、繊細な味付けの和食が合う。刺身や白身魚の塩焼き、出汁巻き卵といった素材の味を生かした料理だと、吟醸香と旨みが料理の輪郭をそっと持ち上げてくれる。天ぷらのような軽い揚げ物にも、酸とキレが油を流して好相性だ。冷やしすぎると香りが閉じるので、10〜13℃前後のやや冷たい程度で供したい。
価格は四合瓶(720ml)で実勢1,800〜2,000円ほど。純米吟醸としては手頃な部類で、黒牛の入門にも、家飲みのワンランク上にもちょうど良い。純米酒で旨みの厚みを知った人が次に手を伸ばすべき、ブランドの真ん中を担う実力派だ。