

滋賀県東近江市の中澤酒造が醸す「一博(かずひろ)」は、五代目蔵元・中澤一博さんの名をそのまま冠した小さな蔵の純米酒。年間の生産量は決して多くなく、特約店を中心に静かに広がってきた銘柄で、編集部としても以前から気になっていた一本だった。滋賀県産の酒造好適米「吟吹雪(ぎんぶぶき)」を60%まで磨き、協会14号系の酵母で仕込んだ純米酒を、今回じっくり試してみた。
栓を開けるとまず立ちのぼるのは、控えめながら芯のある米の香り。華やかな吟醸香で押してくるタイプではなく、炊き立てのご飯を思わせる穏やかな含み香が主役だ。グラスの中の色合いはごくわずかに黄味を帯びていて、見た目から「しっかり飲ませる純米酒」という印象を受ける。
ひと口含むと、最初に米の旨みがふくよかに広がり、そのあとを酸度2.0の少し高めの酸が追いかけてくる。日本酒度は+2前後とやや辛口寄りの設計だが、数字ほどシャープには感じない。むしろ旨みと酸が拮抗して、飲み飽きしない厚みのある味わいにまとまっている。後半はじわりと辛さが顔を出し、余韻は中庸の長さですっと収束する。
温度帯による表情の変化が大きいのも、この酒の魅力だと思う。冷やして飲むと酸がきりりと立って食前酒のように楽しめるが、常温からぬる燗(40〜45℃)に振ると米の旨みがぐっと膨らみ、本領を発揮する。個人的にはぬる燗で近江牛のすき焼きや、出汁のきいたおでんと合わせたときが最も印象に残った。
四合瓶の実勢価格は1,200〜1,600円ほどで、この品質を考えると日常使いに据えやすい価格帯。流通量が限られるため安定して棚に並ぶ銘柄ではないが、滋賀の地酒を掘り下げたい人にとって、土地の米と素朴な造りの良さを実感できる一本として勧めたい。