

秋田県横手市の浅舞酒造が醸す「天の戸」は、蔵から半径5km以内で育った米と、敷地内の地下水だけで仕込む地元密着の純米蔵として知られる。その看板的な日常酒が、この「精撰 純米酒」。精米歩合65%、日本酒度+2、酸度1.7という数字どおり、派手さよりも食卓に寄り添う設計の一本だ。
注いだ色合いはわずかに黄を帯び、香りは控えめ。炊いた米やほのかな乳酸を思わせる穏やかな含み香で、吟醸酒のような華やかさは前に出てこない。一口含むと、まず米由来の素直な甘みが広がり、それを酸度1.7のしっかりした酸が引き締める。後半は雑味なくすっと引き、辛口寄りのキレで杯が進む。
この酒の真価は温度で表情を変える点にある。冷やでは輪郭がシャープに整い、常温では米の旨みがふくらむ。そして40〜50℃の燗にすると甘みと旨みが一段と開き、酸が後口を軽くしてくれる。横手の長い冬を支えてきた酒らしく、燗映えする骨格を持っている。
ペアリングは秋田の食卓を思い浮かべると分かりやすい。焼き魚、根菜の煮物、いぶりがっこ、そして鍋料理。出汁や塩気のある素朴な和食と合わせたときに、この酒の酸と旨みが料理を後押しする。逆に繊細な吟醸香を期待して刺身の上品な仕事と合わせると、やや力強さが勝つ場面もある。
価格は四合瓶で1,200〜1,500円前後と手に取りやすく、日常の食中酒・燗酒として常備できる価格帯。なお「天の戸」には吟泉・美稲など複数の純米があり、本稿はスタンダードな「精撰 純米酒」を対象としている。スペックの一部は流通各店の公開値に基づく代表値で、製造年度により前後する点は補足しておきたい。華やかさで選ぶ酒ではないが、米と燗で楽しむ秋田の純米として地に足のついた一本。